昭和42年4月24日夜の御理解                         

                    (入力者 大坪 千鶴子)
 
 信心というのは、本当な事を ほんとうに解からしてもろうて その事を思い込ませて頂く事だと。ね その思い込みというのは、大事なんです。ところが え~(?)して
 間違ったことを思い込んでおる人がおる。これは大変もう一生涯え~困ったことなんですね これは本当だとこう思い込んでおる。思い込みという事が正しいことが、正しい事として思い込まれるところに え~真の信心、の値打ちがある。なら真の信心をお~解からしてもろうて 真の事がほんとの事が 和解しかもそれが思い込めれるようになる事にはどういう結果が生まれてくるかというと 必ずそれにはもう影のようにおかげが伴う
ものである。ほんとの実態というのが一尺になれば、一尺のかげ、二尺になれば二尺のかげ必ず伴うんである。ね いいや これは本当だと、例えば思うておってもその思い込みがです 思い込みその事がありがたい。けれどもその思い込んでおっても、そういうもし、
影が伴わないとするなら、それはあなたの思い込みは一辺、もうそこから くつがいされているから(?) 間違っておるからなんだと、天地には天地の道がある。その天地の道に
そこを(?)押した。 いわいる「人間は万物の霊長であるから 万物を見て道理に合う信心をせよ」とおっしゃる。ところがそのう 人間は万物の霊長だ、いやあ わたしは万物の霊長だといいながら、似ても似つかない それこそまあいうなら、あの人は人間の面かぶってござるだけだと 心は鬼か夜叉ごたる人もあるかと思えば 万物の霊長いやあの人は、ほんとに虫も殺さんような良い人だというてもです、思い込みが間違っておると
おかげにならん。  ね 思い込みということはね、非常に有り難い。
 例えば、どういう難儀の中にあっても 神様の御都合だと思い込む。 ね あたくしどもいよいよ幸せにして下さろうとする神様の願いの他にはないんだと、それを思い込まして頂く所にです その例えば受ける難儀なら難儀も有り難く受けられる、そういう思い方には必ず鍵が伴う、おかげが伴う。
 今日も お~そこの合楽食堂の中村さんの 御道引きで村内の方がお参りをしてみえた。
40歳余りの男子の方であった。此の方は非常にその若い時から苦労した、現在も苦労が続いておる。非常に信心が手厚い信心をしておられるらしい。 何様がよかちゃ何様にお参り、どこの仏様が良いといやあそのところに参る。自分の屋敷き内にはあ~もう先祖代々からのお~ 月夜みの命(みこと)とか言うておられますね、いわいる、三夜様の事でございましょうね。が そのお祭りしてあると 丸い自然石の自分が拝むとさまざまな仏様や神様が映んなさる。不思議なことであるにもかかわらずです、そうして一生懸命の信心をしたり、修行をしたり、え~あるときにはもうほんとにえ~そこの前にドン座ってその石のそのお~仏様でしょうか、神様でしょうかをまっ一生懸命拝まれるけれども 長年の事だけれども 世の中に幸せを感じない。 病人が続く。
 その方のお話を聞かせて頂きよって 此の方は純真な方だなあ~と思うたんです。
こういう方が、真の信心をされたら必ずおかげを受けられるだろうと私は思うたです。
 貴方は神様に好かれるタイプだなあとわたしは言った。おせいじじゃないほんとにそう思った。ですからどうぞそのう本当の事が解からねばいけません。話を聞きますとね、
 もう、普通の者に言うても 皆がお前 気違いじゃないかというふうに言われるから言いませんけれど それはここの発心じょうの上州であるとか その時分に亡くなられた戦死をされた方とか というようなその御霊様がですね、出てこられる。( ? )
 ですから私は申しました、そういう高神様やら 立派なえ~何とかいうね え~月光菩薩とか あっ日照菩薩とかいうようにそのお~高い 高度の高い いわいる仏様や神様をその石に現われなさる、それでどうですか、その方があーたが幸せになるような御導引きを下さるのですかと私が申しましたら「そんな事ありません」そんならいっちょそこんところをですね、あーたが思い込んでおられる事は それはね、思い込みそのままが 大事なんですけれども、あなたの幸せにつながっていないとするならば、それは間違いですから 思いを変えなさいと 私はその仏様、神様を捨てろと言うんじゃないけれども ね
 天地の親神様のその お心の中にいうなら親神様の中に包含した神様として 金光大神のお取次ぎによって ね 天地の親神様、に包含した神様として、仏様として拝まれたらおかげを頂けますよ!というてやはり、長年のこと思い込んである。 ね だからあたしもそういう信心話は大変好きなんですから どうぞ暇を見て 出て来てください! そう申し上げたんです。ね そして、ほんとうの事が解かる ほんとの事が解かってほんとの事の思い込みが、出来てまいりますと もっ必ずおかげが伴う。これが私は真の信心だと思う。
 思い込みと言う事はですね、大変な問題が起こってくるんですねえ。 例えば結婚するのにですよ、ねえ もう何の日何の日が悪いというふうに 自分で思い込んでおる訳なんです。 ですからその迷信でもですね 思い込みますとですね その迷信でも迷うた事を信じておると 信じたような事が起こって来るような場合があるのです。 ね はあ、自分達の結婚はあ~日柄が、方位がえ~悪かったから、こんなに不幸だろうと そんな事決してないんのです。もう、天地の中にはですね、もう、例えば家を建てるのに 金神様と金神よけとか 家相とかそういう事絶対にないのです。 もっ天地の中にはですね 指一本でも押すだけでも 天地金乃神様のご恩徳にもれるところ ひとっつもないのです。
 そう言うにここの人たちが 良いの悪いのということは 天地の親神様に対してから
それは、恐らく御無礼になるような事なんだ。 それを私どもの先祖からですね そういう日柄とか方位とか言うてきて いわいる広い世間を狭~くしてしまった。 極端な事はですね、裁ち物 裁縫ひとつするでも日が(?)裁たれない。( ? )たたない(?)あるんです。もうあの人は 神も仏も言わんというような人でも いよいよ自分が言われたと言う事になるとやはり家相をみてもらいます。 いよいよ自分の息子が結婚式をするというと高度吉日を選びます。 まっそれでほんとに幸せかというと決してそうじゃない。 例えば、私共の両親なんか え~母が十九、父が二十五で結婚したのでございます。
 ぞくに言う、もう女の大厄と言われとりますよね十九は、 二十五はもう二十五の男とは道連れにでもなるなというような風説があります。 けれどもやはり 今日までこうやって八十やんがて五歳になろうとする長生きのおかげを頂いて、しかもさほど不幸せでもなさそうな ね ですからそういうような迷うような事はですね、いっぺん 打破してしまう 金光さまのご信心はね、そういう 迷信打破の信心なんだとそれだから拝むこと ばあーかり 一心不乱に拝んだからというておかげになるのじゃない。 
 和賀心に神がござるから 一心を立てればおかげになるのじゃということもございます例えば、この柱なら柱でも一生頼めば、石の地蔵様でもいい、一生拝むとですね、成る程和賀心に神がござるから 奇跡を現すというような事もあるんだけれども それはほんとの おかげにはなりません。 どこまでも人間は万物の霊長であるから、万物をみて
道理に合う信心 その道理というのは天地の道理に合う信心 そこで御道の信心はその
道理を説くのである。物の道理なんだ、天地の道理なんだ、その道理におうた生活をさせて頂くところにです 私ほんとうな事がほんとうに思い込めれる信心が生まれて来ると思う。
 ね 真の信心、はあ、誰だって私の信心が真の信心だと思い込んでおるところに 間違いがある。 真の信心には必ず、有り難いというものが伴う その有り難いというものには必ず おかげが伴う、これは願わんでも、頼まんでも、いや夢にも思わなかったようなおかげが展開してくる。これが真の信心なんです。 私は今日( ? )その方のお取次ぎをさして頂いて あ~この人は真の信心をほんとに 純真な素直な方だから いわいる神様でも仏様でも、それをそのまま信じなさる程の強い物をもっておられるものであるから その為に自分だけ こんなどうして不幸せなめにあらなきゃならんのだろうか 
 その為にはどうでも この神様にでもおすがりしてからというような 熱心な信心を
もっておられるのであるから、これが真の信心の方へ向きを変えられたら 素晴らしい
おかげの受けられる人であろうな、いや、おかげじゃない 御徳が受けられる人であろうなと私は思う。 是非、いっぺん出てきて下さい。是非、いっぺん信心問答致しましょ。
というて まあ他のこと色々、お~私の知っておる限りという訳にはまいりませんから
私、あなたに知っておる限りの事を 例えば 人間の世界ではない 神様の世界、または仏様の世界、そういう世界私知っておるだけの事は、おはなしも致しましょうから 是非出てらっしゃい。 他のものその話をしておっても あれは気ちがいじゃろかとさえいうような人がありますから あんまり人に話さらんほうがいいですよ、ここへ来てどうぞ
話をして え~致しましょうと言うたんですけれどね、 その 思い込みが本当の事が
思い込めてないところにです 不幸せが続くんだと私は思います。ね 
 御道の信心はどこまでも 天地の道理、もう 日柄もよしみもなからな(テープ途中切れ)